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2017年9月20日

今日の世界は演劇によってモノマネできるか?予告編

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明後日10月22日19時30分より開催のパフォーミング・アーツ グローバルスタディーズ Vol.2「今日の世界は演劇によってモノマネできるか?――大岡淳戯曲選集――」の大岡さんが予告編としてエッセイを書かれたので転載させて頂きました。

充実した内容となっています。
ぜひご一読ください。

[ イベント情報 ]
パフォーミング・アーツ グローバルスタディーズ Vol.2

今日の世界は演劇によってモノマネできるか?
 ――大岡淳戯曲選集――

第1部 大岡淳戯曲5選 名場面リーディング
 出演:蔭山ひさ枝 (劇団渡辺)、大岡淳
第2部 批評と対談
 ゲストコメンテーター 藤田直哉

日時:2017年9月22日(金) 19:30-22:00
場所:スノドカフェ七間町(静岡市葵区七間町7-8)
参加費:1800円(税込、1Drink付)*学割 1,000円
*予約不要

情報ページ:http://www.sndcafe.net/event/2017/09/performingarts02.html

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ポストモダニズムからモダニズムへ
大岡淳


東琢磨氏が「ワールドミュージック」の商品化を批判している文章を、最近読んだ。「ワールドミュージック」は、非西洋圏の音楽をエギゾチックな憧憬の対象とし、脱文脈化し、西洋音楽のアレゴリーを用いて受容しており、この態度は、他者と出会っているようで、その実出会いを回避しているのだという批判である。このような「ワールドミュージック」の流行は、ポストモダンの引用・折衷理論によって正当化されていた、とも。

この論法は、柄谷行人がレヴィナスの他者論(=他者の絶対性に対峙する態度)を導入して、80年代ポストモダニズム(=他者を相対化して受容する態度)を批判したことの反復である。私自身、このような議論に共感した時期もあったが、しかし今から振り返ると、ポストモダンの引用・折衷理論なるものも、そう捨てたものではないという気もするのだ。だいいち柄谷自身、『日本近代文学の起源』で、近代的な「内面」なるものの制度性を暴露し、ポストモダニズムとの親和性を示していたのではなかったか。

20代の私にとっての問題は、まさに「主体」とか「自我」とか「内面」とか呼ばれる何かであった。理想と現実の狭間で苦悩する「内面」のドラマを生きつつ、同時に、その「内面」を陳腐なフィクションとして破棄することができれば、こんなに爽快なことはないと考えていた。だから高校生の頃、柄谷が「内面」とは近代の制度に過ぎないと暴露したことを知って、快哉を叫んだわけである。そう、「内面」などというものはない。複雑に絡み合う関係性の網目だけがあり、それをなにか実体あるものと錯覚していたにすぎない。例えばラカンは、無意識は言語によって構造化されていると説いている。しかもその言語とは、シニフィエではなくシニフィアンの連鎖に過ぎないのだ。

さらに突き詰めれば、「私」など存在しない。このような認識だけが、「私」をめぐる苦悩から、人間を解放してくれる。そう感じたのだった。実体論から関係論へ。ここでいう「関係性」とは、仏教が「縁起」と呼んできたものであろう。
これは文学理論で言えば、あらゆるテクストは引用の織物としてのテクスチャーである、ということになる。オリジナル/コピーという序列は成立せず、全てはシミュラークルに過ぎない。そしてこのような認識が俗流化すると相対主義になるし、相対主義が資本主義と結合すると、東琢磨氏が指摘するような、音楽産業における非西洋音楽の他者性の剥奪と、イメージ付与による商品化(=エギゾチシズム)という事態が生じてしまう。80年代において浅田彰は、あれもこれも商品化する資本主義の運動をさらに加速させ、これに適応して分裂症的に生き、「主体」を解体してしまえとアジテートしていた。だが、ここからは資本の力学を批判する観点が導出できない(浅田の言う「分裂症」とは、今ならさしずめ「マルチタスク」とか「ノマドワーカー」とかいった言葉で、ごく普通にビジネス書で奨励されているライフスタイルだ)。そこで柄谷行人は先述の通り、資本主義と結託した相対主義を批判すべく、「他者」の絶対性を持ち出した――と解釈できる。

しかしこの他者論にも落とし穴があって、それは、柄谷自身がかつて棄却した「内面」の問題である。了解を超えた絶対的な他者なるものに、「内面」が存するかどうかは当然わからない(あたかも神の真意を推し量ることができないように)。ここで他者の「内面」は、ブラックボックスに投げ込まれてしまった感がある。では〈この私〉の「内面」はどうか。

〈この私〉にとって他者は了解不能である。了解不能な他者は、時に、理不尽な暴力を〈この私〉に差し向ける(あたかも神がヨブを翻弄したように)。他者に相対する〈この私〉は、暴力となって横溢する他者の絶対性を前にして苦悩を重ね、ついには、根拠など何も得られぬまま、この他者への態度を決定せねばならない――このような理路で、〈この私〉には、実存的な「内面」らしきものが復活してしまったのではないか。読者諸君はお気づきだろうか、私は、『新世紀エヴァンゲリオン』のことを言っているのである。得体の知れない敵に対して、何の根拠も大義も得られぬまま、戦うことを孤独に選択するほかない少年少女の物語。かくして、「ポストモダン」の80年代が去り、「自分探し」の90年代がやってきたことに、私は打ちのめされたのである。

思えば柄谷がレヴィナスと並んで持ち出したのはキルケゴールだった。神を前にしてただひとり信仰を選択する実存的主体を「単独者」と呼んで肯定した人物である。キルケゴールは、自己が自己について思い煩う「絶望」とは、すなわち「死に至る病」であると断じ、これを超出するために、「単独者」として神を信じる道を説いた。つまりここでは、「内面」の苦悩や葛藤は克服されるべきものと捉えられている。しかし裏返せば、キルケゴールはそれだけ深く「内面」の問題に囚われていたとも言える。この「単独者」としての神への飛躍=決断は、後に、サルトルの実存主義へと受け継がれてゆく。ただしサルトルは、他者の側にも自己と同様の実存的主体が存すると想定しているから他者論としては後退しており、キルケゴールから他者論的な可能性を引き継いだのはやはりレヴィナスだということになるのだろう。キルケゴール/レヴィナスに導かれた柄谷の他者論は、ポストモダンな関係論を攻撃し、全てを相対化=商品化する資本主義の力学への批判的視座を切り開いたと、言えなくもない。

「内面」の制度性を暴露した柄谷が、ではなぜ関係論を攻撃したかといえば、ここでの脈絡に即せば、「私など存在しない」と指摘しているのも「私」である、というパラドックスの存在に、柄谷はこだわったからだ。この言語・数・貨幣を貫通する自己言及的構造をロジカルに浮き彫りにし、このパラドックスの解消は不可能であることを示すのが柄谷の方法だった(これはデリダの脱構築を手本としているのだろう)。そしてこの自己言及的構造の「外部」として召喚されたのが、どこかエホバを思わせる、絶対的な「他者」の存在であったわけだ。一方、先のパラドックスに対して、仏教者なら身体的実践をもって答えとするところかもしれない。例えば道元なら「只管打坐」と応答するかもしれない。だがこのような発想は、インパーソナルな身体性=共同性を肯定するオカルティズムに陥りやすい。典型はオウム真理教である。実際、オウム真理教の思想的バックグラウンドとなったのは、浅田彰と共に80年代ポストモダニズム/ニューアカデミズムのスターとみなされた、中沢新一であった。

こう考えると――いかにそれが俗流化した解釈だったとは言え――95年の地下鉄サリン事件によって、80年代ポストモダニズムは、象徴的に終止符を打たれたと言えるだろう。これと入れ替わるような絶妙なタイミングで、95年に『新世紀エヴァンゲリオン』のテレビ放映が始まる。ポストモダニズムが俗流化を免れ得なかったように、単独者論=他者論も俗流化を免れ得ない。ここから、世間的には「自分探し」と形容されたところの、言うなれば「実存主義2.0」の跳梁跋扈が始まったというのが、私の90年代に対する観察であった。

しかし今改めて、私は「私など存在しない」と断言したい誘惑に駆られる。そこから単独者論=他者論へと転回するためでもなく、インパーソナルな身体性=共同性への実践的回帰を促すためでもない。これは私の演劇論的な態度表明である。舞台という虚構のフレームの内側で、「私」が他の「私」と対立し、相克を繰り広げ大団円へと至る――というのが一般的な演劇の構造だとすれば、演劇は今や――皮肉なことに「内面」を描写する文学より以上に――「私」を延命させる、近代的=古典的な装置として機能していると言える。理解不能な他者が舞台上に登場しても、それもまた人間=俳優が演じることによって、他者の絶対性は剥奪される(例えば「サイコパス」だとか「多重人格者」だとかいうような説明づけを施される「役作り」によって)。「私」は、紆余曲折を経て世界と和解したり、あるいは世界から決別したり、といった物語を演じるが、そこでは「私」の自明性そのものが疑われることはない。そもそもこのような「私」、すなわちモダンな主体への疑義を呈したのは、話がややこしくなるが、芸術史的にはポストモダニズム以前のモダニズムである。モダンな主体が抱えるパラドクス=自己言及的構造を作品化したのがモダニズムであり、さらにそのモダンな主体を関係論的に解体するイメージを作品化したのがポストモダニズムである、ととりあえず規定しておこう。とすると今日なお多くの演劇が、そのきらびやかな意匠の数々をはぎとってしまえば、ポストモダニズム以前どころかモダニズム以前の、単なるモダンな主体の模倣=再現(写実主義?)にとどまっているということになる。

従って私の方法は、一見してこの演劇の近代的=古典的構造に従属すると見せかけつつ、その近代的=古典的構造を浮き彫りにし、ゆさぶり、脱臼させ、破綻させ、自壊へと導くことにある。「私」なるものの不確かさを暴露する実験を繰り返すことにある。演劇の近代的=古典的構造が延命する限り、私の「私」に対するパラドクシカルな闘争も終わりはしない。その闘争はおそらく、他の芸術ジャンルでは既に100年前に、モダニストたちによって敢行されたことだ。実際、私が自覚的・無自覚的に採用している表現技法の数々は、意識の流れ、ダダ、抽象化、形式化、コラージュ、ミニマリズム等々、既に100年前の芸術家たちが開発し尽くした方法の流用に過ぎないだろう。その流用を、何の抵抗感もなくぬけぬけとやり続ける姿勢において、私の方法はポストモダニズム的なモダニズム(あるいはモダニズム的なポストモダニズム)である、と言っても良いのかもしれない。このようにして創造される私の作品群は、玄人筋からは「古臭い」と見られ、無視されるか、忌み嫌われてきた。だが、その玄人筋が喜んで称揚する「コンテンポラリー」な作品群は、19世紀に定着した近代的=古典的構造を未だに無自覚に墨守し、「私」たちの物語を再生産し続けているのだ。それこそが笑うべき事態である。この私の哄笑は、私が生まれる以前の20世紀から沸き起こり、私が生きる21世紀を軽やかにスキップして、私が死んだ後の22世紀へと響いている。22世紀の世界では、無数の人間が生き続けながら、しかし「人間」は消滅していることだろう。そのとき、近代的=古典的装置としての演劇はめでたく滅び、同時に私の創作もまた、無用の長物となりはて消え去っていることだろう。ただ、誰の声ともわからなくなった哄笑だけが、鳴り響いていることだろう。

このようにして、私は25年にわたり芝居を演出し戯曲を書き、作品数は100本を突破した。9月22日金19:30から、スノドカフェ七間町で開催される『今日の世界は演劇によってモノマネできるか? ――大岡淳戯曲選集――』で、その創作の軌跡を、簡単に披露してみたいと思う。

ということで、なんと以上は予告編でしたw

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